太平洋プレコン工業株式会社

千年希望の丘

“千年先の命を守る”という思いの詰まった復興プロジェクト

宮城県岩沼市下野郷。515世帯1784人が暮らす太平洋沿岸のこの街に、2011年3月11日、東日本大震災の大津波が襲いました。それから1年がたった2012年、岩沼市が“千年先まで子どもたちが笑顔で幸せに暮らせるように”と願いを込めて復興プロジェクトを計画。それが「千年希望の丘」の整備です。

住むことのできなくなった市の沿岸部約10㎞にわたって、6つの公園とそれをつなぐ園路を整備。「相野釜公園」「藤曽根公園」「二野倉公園」「長谷釜公園」「蒲崎公園」「新浜公園」と名付けられた6つの公園には、かつてそこにあった地区の名が付けられています。

各公園につくられた丘とそれをつなぐ園路は、津波の力を減衰させる役割があるとともに、いざというときの避難場所になっています。その丘の土台となっているのは、大津波によって流された家屋などの“震災ガレキ”です。大津波の痕跡や被災者の想いを後世に伝えたいと願ったメモリアル公園でもあるのです。

そのような千年希望の丘では、祈念式典も予定されています。式典準備や報道のための車両が侵入するため、それに耐えられる舗装材の必要があります。そこで採用されたのが、透水性平板を使用した「スーパーバリアフリーシステム」。大型車両が乗り入れても、舗装面を良好な状態で長期間維持できる工法です。

採用された平板は、祈念公園という復興のシンボルでもあることから、天然石の美しさを持たせた「オーシャンペブルスルー」、そして柔らかい景観と歩きやすさを生み出す「ユニバーサルFG」で、機能性と美観を確保しました。

震災復興では、最も後回しにされそうな公園整備。しかし、このプロジェクトでは寄付を募りつつ、早い段階で整備を完了することができました。震災の風化をいち早くとどめられたこの事業は、後世にも伝えられる画期的なものだと思います。

このほかにも、生活再建の受け皿として整備された新市街地「つばめの杜中央公園」、震災の記憶を後世に伝えるために建立された「山元町震災慰霊碑」、どこよりも早く取り組みが始まり、短期間のうちに“街びらき”が行われた「東松島市小松谷地地区」や「石巻市新蛇田地区」の災害公営住宅など、さまざまな復興プロジェクトもサポートしてきました。

東日本大震災からの完全な復興は、決して簡単なものではありません。しかし、このようなプロジェクトが進んでいくことで、被災地にも多くの笑顔が戻ると信じています。